『ノスタルジー 人・旅・本』(2)
ハリーポッターが有名になって久しい。映画化した主演の少年も随分成長して、この先どうなるのかしら。先日たまたまその第一作を見たが、舞台はまさに映画「チップス先生さようなら」の世界であり、昔読んだ池田潔先生の薯「自由と規律」の世界だった。
この本は先生が1920年代にケンブリッジのこのリース・パブリックスクール(貴族の基金で設立されたが貴族でない生徒も受け入れたので、私立でありながらパブリックとよばれるとか)で受けた教育についての思い出だが、小気味よい切れ味で、自由と放縦の区別、自律、幼いながら紳士としての礼儀、スポーツマンシップ、人間の尊貴と義務の重さのエピソードが溢れ出た本だった。
慶應義塾に通じる信条多く、息子の高校の入学式で壇上から「本日より君達を紳士として扱う。紳士たるものルール違反をせず云々・・・」と言われた事を思い出す。
この本の中で筆者が、学校特約の理髪店より設備のよい店に内緒で行ったとき、隣が校長だった話。罰を待つ彼に「まだ紹介されてないのに失礼だが、私の学校に君と同じ日本人の学生がいてね、もし会うことがあればリースの学生の行く店は決まっているという規則を言伝てしてくれたまえ」悄然として立ち去ろうとする後から「ここは大人の来る店だから心付けが要る。これを渡しなさい。何?自分で払う?一週間分の小遣いではないか。子供は無駄遣いするものじゃない。」行為自体の善悪を言うのでなく、規則は守るべきであるという教えである。
リースではラグビーの試合の後、最もよく働いた者が寮長のお茶に招かれる。ある試合で筆者に球がよく渡され得点を稼いだ時は招かれず、自分の失策で防禦を誤り、何とか償いたいと頑張ったが負けた。その時はお茶に招かれた。たとえ結果は失敗しても真面目な努力を尊び、スタンドプレーや渡すべき球を渡さない選手には敵味方共に微塵の容赦もない。と。
話が長くなって恐縮だが、卒業して50年。当時の名物教授陣が殆ど鬼籍に入られた事は何とも寂しい。中国文学の奥野信太郎先生、国文の池田弥三郎先生の大まじめな顔でのユーモア。英国紳士の詩人西脇順三郎先生、恋愛至上主義を貫いた厨川先生。女性嫌いの折口信夫先生。今もご健在の白井浩二先生はサルトル研究で有名であったが、フランス語を教える気があるのか無いのか、アーベーセーの次の授業でもう仏作文をさせられた。
七百年周期説の西岡秀雄先生の教室は陽気だった。この先生は学徒動員で軍隊に入った時、専門は何だ?と問われ考古学でありますと答えたら、そうかと航空隊に入れられたとか。隊長になって、編隊を組んで飛ぶ時に、レコードを持ち込み、ヨハンシュトラウスをかけさせた。それが青きドナウで、「たーらーらーらーっ、タンタン、タンタン」と演奏しはじめたら、操縦桿を握っていた兵士がそれにあわせて高度をタンタン、ヒュッヒュッと上げてゆくので周りの部下の飛行機も隊長機に合わせて一斉に急上昇した。その瞬間、敵機からの機銃掃射がさっきの高度を通り過ぎていって、全員命拾いしたそうで、嘘かホントか。ゼミの鈴木泰平先生のリーゼント頭も懐かしい。午後の勉強の後半は銀座へ全員で繰り出したものだった。ご存命ならお会いしたい!
(続く)
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