『人生の愉しみ』(その二)
有馬温泉に秋の紅葉で有名な瑞宝寺があります。寺の奥には鼓が滝という少し小ぶりだけれど美しい滝があります。その瑞宝寺の庭園に永い年月風雨に打たれたのでしょう、角が丸くなった石の基盤が置いてあります。聞くところ、温泉好きの太閤秀吉がよく有馬に来てその「石の基盤」で楽しんだようです。
囲碁は古く中国で生まれ、韓国を経て日本に渡来しました。その後、日本ではお殿様の前で模範対局をする「お城碁」など一つの文化として定着しました。近年は英才教育をすすめる中国や韓国に、国際戦では引けをとっていますが、今やヨーロッパ、アメリカ、はじめ世界各国に囲碁は普及しています。
囲碁は最初のとっつきが悪いというか難しいものですから、囲碁を知らない人から見ると白と黒の石がバラバラあって何のことかさっぱり分からないということになります。でも囲碁から出た熟語というか、ひょっとして人生訓というものが結構多いんです。
一寸考えて思い当たるものだけでも
(1)じょうせき定石…そんなの定石じゃないかということ多いですね。
(2)ふせき布石…これがしっかりしてないとうまく事が運ばない。
(3)すていし捨石…には人生の中にもありますね。
(4)いちもく一目置く…私の周りにもそんな方が一杯いらっしゃる。
(5)おかめ岡目はちもく八目…当事者でないからよく分かるなんてことしょっちゅう。
(6)白黒つける…はっきりさせるという意味。
(7)大局観、着眼大局、着手小局…これを必要とするケースはほんとに多いですね。
(8)死活問題…石の「活き死に」が勝負所なんです。
(9)先手必勝…将棋でも同じ、人生の勝負でも同じ。
(10)局面…政治の世界でも、経営の場合でも厳しい局面てのは多いですね。 等々です。
見た目では白い石と黒い石のゲームだけのことですが実に多くの示唆を与える言葉が生まれて来ているんです。奥が深いゲームなんです。
「先を読む」ことをすごく必要とするのですが、私のようなヘボ碁打ちの場合は考えているとすぐ又元に戻ってしまいます。世の中には先見性のある方がいらっしゃるようですが、私なんかは精々五・六手まででそれも所謂「勝手読み」なんです。仕方なしに私は手を読むことはほどほどに「形」を覚えて打つようにしています。
ところで人生にも「あるべき形」というのが多くありますね。今の時代、考えられない凶悪な事件が続くこの時代に一番必要とされる「あるべき形」は「思いやり」や「長幼の序」だと思います。他にも大切なことはたくさんありますが守銭奴というのでしょうか、時代の窮児ともてはやされて、金を儲けて何が悪いと毒づいてお縄になった輩が現れるこの時代、曾てあったこの日本の節度ある民の心をもう一度取り戻したいですね。
話は戻りますが、神戸慶應倶楽部に囲碁同好会があるのをご存知ですか。月一回の例会には理工学部囲碁同好会の方々や宝塚慶應倶楽部、最近では大学の囲碁部OBの会とも交流しています。又、日本棋院の女流、水戸夕香里三段にも年二回手ほどきを受けています。水戸先生は優しくて厳しくて、でも、とにかくほんとに素敵な美人の先生なんです。(編集部注・八月号同好会便りに写真掲載)
毎月第一金曜日の囲碁例会を皆さん一度覗いてみませんか。
(つづく) |