第4話 「福沢心訓は偽作」
三年前慶應連合三田会会長服部禮次郎様より送っていただいた『慶應義塾豆百科』の抜粋によれば、「世に『福沢心訓』なるものがある。全部で七か条からなり、「一、世の中で一番楽しく立派なことは一生涯を貫く仕事をもつことである」云々で始まるもので、福沢先生の数多い箴言のなかでも、今日では世人に最も良く知られた言葉となった。・・・(中略)・・・けれども残念ながらこの心訓は福沢先生の言葉ではない。
どこかの知恵者が勝手に、それもどうやら戦後になってしばらくしてから作り上げ、それをさも先生の発言であるかのように『福沢心訓』などと勿体らしく銘打ったにすぎない真赤な偽作である。・・・(中略)・・・『福澤諭吉全集』第二十巻の附録で、富田正文が「福沢心訓七則は偽作である」と断定した・・・(中略)・・・心訓の場合、「偽作だ」「偽作だ」と声を大にして訴え続けているにも拘わらず、これを福沢先生の言葉として受けとめて座右の銘にまでして下さる奇特な人の方が、偽作だとする関係者の否定をはるかに上廻っているのが現状・・・(中略)・・・少なくとも塾生のご父母・塾員諸兄姉にだけは、『福沢心訓』は偽作であることを今一度あらためて指摘しておきたい」とあった。
これはショックだった。先生のお言葉と信じ切っていたので皆様に配るつもりでカードまで作成していたが中止した。
二〇〇一年東京銀座と阪急梅田で開催された「世紀をつらぬく福澤諭吉―没後百年記念」の展示で、先生のご直筆のご教訓の数々を拝見したが、流石に内容・文体いずれも格調高く感銘を受けた。それに比し、謂ゆる「福沢心訓」として出回っているものは、ご指摘を受けて冷静に見ると、いかにも現代人向きの平易な表現であることから偽作であることは歴然としているにも拘らず全く疑いもしなかったのは、塾社中の一人として汗顔の至りであった。盲信程おそろしいものはない。何事も真実を探求し極めねばならないことを、あらためて福澤先生から教わった思いだ。
一月の新年賀詞交歓会でBRBの編者から三月から六月迄四回の寄稿の依頼を受け、例会に欠席がちですので、倶楽部の皆様と誌面で交流が出来るのは願ってもないことなのでお受けしたが、これで終稿です。
思いつくままに書かせていただいたが、これからも宜しく。
これは皆様もどこかで目にされたと思いますが、世に云う福沢諭吉の心訓です。先生の名を騙ったことは許し難いのですが、内容は人生の指針になりますので、参考迄に後記しておきます。
一、世の中で一番楽しく立派なことは一生涯を貫く仕事をもつことです
一、世の中で一番さびしいことはする仕事がないことです
一、世の中で一番みにくいことは他人の生活をうらやむことです
一、世の中で一番尊いことは人の為に奉仕し決して恩に着せないことです
一、世の中で一番美しいことは総てのものに愛情をもつことです
一、世の中で一番みじめなことは人間として教養のないことです
一、世の中で一番悲しいことはウソをつくことです
一、世の中で一番素晴らしいことは常に感謝の念を忘れぬことです
(最終回) |