会員便り(新入会員紹介)

2020年

2020年11月号掲載

≪新入会の挨拶≫

菊池琴音(平29理工)

皆様はじめまして。平成29年理工学部生命情報学科卒の菊池琴音と申します。

大学時代は1~2年次にスキーサークルに所属し、3~4年はベンチャー企業にて、エンジニアインターンをしておりました。大学卒業後は、成長企業に就職したいと考えていたことから、株式会社SHIFT、株式会社AVANTでエンジニアとして仕事をし、その後1年間営業として個人事業主をしておりました。その後、ご縁があり、関西の小さな会社で働くこととなりました。出身は千葉県でずっと関東におりましたが、仕事の関係で今年の半ばに関西(明石)に引っ越してきました。今後は起業を見据えながら活動をしていく予定です。

学生時代はずっと様々なスポーツをしてきたので、体を動かす事はとても好きです。関西はまだまだ慣れず、またお知り合いの方も少ないのですが、フットワークは軽い方ですし、お酒なども飲めますので、様々な集まりに呼んでいただけたら嬉しいです。

2020年9月号掲載

≪新入会の挨拶≫

山中 晃太郎(昭55経)

皆様はじめまして。この度、松尾副会長のご紹介で入会させていただきました山中晃太郎と申します。三菱電機を2年半前に退社し、子会社で神戸に本社がある港湾物流会社、義勇海運に勤務しております。高校は塾高で、大学時代は杏葉公式庭球会(最近はアプリと呼ぶらしい)・岡田泰男ゼミに所属し、大学卒業までは東京で育ちました。会社勤務で初めて関西に来て、今回の赴任で関西勤務は通算23年を超え、又、神戸市に住むのも3回目となりました。妻が神戸育ち、いずれも稲門となってしまった子供たちも神戸で生まれました。2010年から2013年までシドニーに赴任しておりましたが、その時はシドニー三田会で副会長を務めました。

 三菱電機を退職に当たり神戸の会社を打診された時は、折角建てた東京の家に転勤などであまり住めてなかったので、少々悩みましたが、海と山が日常生活の中にあり、都会度も高い神戸ライフを懐かしく思い出し移動を決断しました。東京に馴染んでいた妻は当初、異動に難色を示しめしておりましたが、旅行に連れ出して説得を試みた結果、同行可となり、今は想定通り“やはり神戸が一番”と言っております。その結果、むしろ完全退職後に東京へ戻れるか危うい状況になりつつあります。現在は、以前マスオさんとして住んでいた妻の実家がある東灘区に住み、妻よりも神戸に何としても一緒に来て欲しかった愛犬と六甲山ハイクを楽しんでます。又、美味しいレストランでの食事や愛犬と旅行へ行くのも大切な息抜きです。新しい出会いを楽しみにしております。どうか宜しくお願い申し上げます。

≪新入会の挨拶≫

山本 充耶(平31商)

慶應での一番の思い出は、新保一成研究会のフィールドワークでインドに赴いた時です。慶應OBの方のつながりから、バイクメーカーの工場見学、女性支援プロジェクトの現場見学、小学生に日本文化を伝える授業など、新しい世界を知り貴重な体験をさせて頂きました。しかし、日本への帰路の途中に飛行機を逃すという大事件が起きてしまいます。途方に暮れていたところ、日本の航空会社の方から優しい声かけや他航空会社に交渉して頂き、最後には頂戴した名刺の裏に手書きのメッセージに非常に感動した経験があります。

 私の曽祖父が四郎(しろう)、祖父が録哉(ろくや)、父が耕八(こうはち)、そして私が充耶(じゅうや)と名前が4、6、8、10と続いており、代々数字を背負っております。

 この度は神戸慶應倶楽部に入会させて頂きまして、先輩方と交流し様々な事を学べればと思います。宜しくお願い致します。

 

 

2020年1月号掲載

≪新入会のご挨拶≫

南 安子(昭63文)
この度、城口様のご紹介により、神戸慶應倶楽部に入会させていただくことになりました南安子です。88年文学部国文学科卒です。在学中は、華道会(草月流)に所属し、部長も務めました。

卒業後、90年理工学部院卒の夫と結婚し、三男一女に恵まれました。

現在、自宅は西宮市の苦楽園ですが、私も、香川県の小豆島で「東洋オリーブ」というオリーブオイルの会社を経営しており、毎週1回ペースで小豆島に通っています。「東洋オリーブ」は、国産オリーブの実質栽培面積、収穫量、流通量では日本一を誇ります。オリーブ農園、搾油工場の見学も実施しておりますので、ぜひ一度小豆島にお遊びにいらしてくださいね。

仕事が香川県なので、讃岐三田会にも所属しており、今年から副会長を拝命致しました。神戸慶應倶楽部でも、塾の皆様と楽しく交流出来ればと思っております。どうぞよろしくお願い致します。

 

南 安子(昭63文)
平成26年文学部卒の大家と申します。専攻は万葉集でしたので、新元号が令和になったとき、その由来を聞いてすぐにピンと来ました。…そんな嘘はさておき、文学部での授業やゼミの記憶よりも、体育会アメリカンフットボール部で過ごした4年間の記憶が圧倒的に強く残っております。中学から始めたアメフトは昨年引退するまで14年間行っておりました。

大学卒業後は、積水ハウスに入社し、入社以来6年間地主相手に賃貸経営の提案を行う事業を行っております。2019年2月に神戸に転勤してまいりました。私も妻も地元が尼崎・西宮ですので、神戸に戻って来られて嬉しく思っております。学生時代過ごした街でも大人になってみると随分印象が変わっており、新たに阪神間を開拓するのが今の楽しみです。これから慶應OBの方々と交流しながら色々教えて頂ければなと思っております。

家族は、妻の他、2歳前の娘と産まれたての息子がおります。子ども2人にバリバリの関西弁を喋らせるべく毎日奮闘中です。どうぞ宜しくお願いします。